【療育】サリバン先生から学ぶ「ブレない態度」を療育の基本姿勢にしよう♪

療育の基本姿勢に大切なのはサリバン先生のブレない態度 療育
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こんにちは!

自閉症スペクトラム児ユッキーの母、ナガユキです(≧∇≦)/

 

「サリバン先生」をご存知ですか。

見えない・聞こえない・話せない三重苦の少女、ヘレン・ケラーを導いた先生の名前です。

 

ヘレン・ケラーは1歳半の時にかかった熱病によって視力・聴力を失い、話すこともできなくなってしまいました。

そのため両親はヘレンのしつけができず、ヘレンはとてもわがままに育ってしまったんですね。

 

そのヘレンを7歳から導いたのがサリバン先生です。

 

この記事では、そのサリバン先生がヘレンに施した教育(療育)から学ぶべき「ブレない態度」の大切さをお伝えしたいと思います。

 

▼参考:サリバン先生

サリバン先生のブレない態度

ヘレン・ケラーが光と音を失ってから、両親はヘレンにしつけができなくなってしまいました。

目が見えないので見せて理解させることもできない。

耳が聞こえないので言葉も通じない。

サリバン先生が7歳になったヘレンと初めて出会ったときは、まるで獣のようだったそうです。

 

サリバン先生は、そんなヘレンにも「ダメなものはダメ」と教えました。

食事は手づかみではなく、フォークとナイフを使うこと。

自分のお皿の上のものを食べ、他の人のお皿のものは食べないこと。

ヘレンがかんしゃくを起こしても、サリバン先生はブレずに指導を続けました。

かんしゃくを起こしたヘレンの暴れ方は激しく、サリバン先生の前歯が2本折れるほどだったそうです。

 

ヘレンの両親はヘレンを泣かせるサリバン先生を良く思わず、たびたびヘレンをかばったため、最初サリバン先生の指導はあまりうまくいきませんでした。

そこでサリバン先生はヘレンと離れで2人だけで生活を始めます。

この離れでサリバン先生からブレない態度で指導を受けたヘレンは食事の作法を覚え、編み物ができるようになり、「すべてのものには名前がある」ことを発見して「奇跡の人」となります。

日本ではヘレン・ケラーを「奇跡の人」と考えていますが、アメリカではヘレンを導いたサリバン先生を「奇跡の人」と考えています(映画の翻訳が原因)。

この記事では日本的にヘレン・ケラーを奇跡の人として表現させてもらいました。個人的にはヘレンもサリバン先生も、どちらも奇跡の人だと思っています。

 

もしサリバン先生が「かわいそうだから今日は指導やめとこう」とか「ヘレンの抵抗が激しすぎるからあきらめよう」と態度を変えていたらどうでしょう。

ヘレンは「泣いたら指導されなくなる」「抵抗すれば指導をあきらめてもらえる」ことを学習し、サリバン先生の指導を受けなくなっただろうと想像できます。

 

「泣いても抵抗してもサリバン先生の態度は変わらない」とヘレンが理解したからこそ、ヘレンはサリバン先生の指導を受けるようになったと考えて良いでしょう。

 

療育の基本姿勢はブレない態度で♪

私の息子ユッキーは自閉症スペクトラムと診断されました。

初めてのことや変化が苦手です。

歩けるようになったので外で歩かせようとしたら「なんで今までと同じように抱っこじゃないんだー!」とばかりに泣いて暴れる、といったようなことがたくさんありました(笑)

 

それでも毎日同じことを続けると・・・そのうち「ああ、この道は自分で歩くんだな」と理解して自分で歩くようになってくれました。

 

もし私が「泣いてかわいそうだし、今日は抱っこしてあげよう」とブレていたら、息子は「泣けば抱っこしてもらえる」と学んで、次からもっと泣くようになったでしょう。

もしくは「なんで昨日は歩かされたんだ?」と不信感が芽生えたかもしれません。

 

これは定型発達の子どもにとっても同じでしょう。

 

親がブレずに教えることによって「この時はこうする」と子どもは学ぶことができるのです。

特に療育が必要な子どもは、親がブレてしまうと混乱しやすいもの。

サリバン先生を見習って、ブレない態度を療育の基本姿勢と心がけましょう(≧∇≦)/

 

*ただし、小学生くらいからは臨機応変、つまり「多少ブレても、その場の状況に合わせて適切な行動をする」ことも合わせて教えるべきだと考えています。

「体調が悪いのに、いつもと同じように学校に行く」といったことのないよう、物事には優先順位があることを子どもの知能発達に合わせて教えるという視点も忘れないようにしたいものです。

 

「かわいそう」で甘やかすのは優しい虐待かもしれない

我が子はとてもかわいいですね。

そんなかわいい我が子が泣いているのを見るのはつらいのですが・・・

だからといって、子どもに好き勝手させたり甘やかすことが子どものためになるでしょうか。

 

極端な例ですが、「嫌いなものを食べさせるなんてかわいそう!」と好きなお菓子ばかり食べて「太っているけど栄養失調」とか「まだ小学生なのに生活習慣病」なんて子どもが実際にいます。

「無理やり勉強させるなんてかわいそう。子どもは遊ぶのが仕事」と勉強をさせなかったために、「中学生になっても漢字が読めない・九九も覚えていない」という子どももいます。

「まだ幼稚園児なのに歩かせるなんてかわいそう」と歩かせなかったために基礎体力がつかず、すぐ疲れてしまう子どももいます。

 

こういった事例は、優しい虐待かもしれません。

 

親御さんの体力・気力・経済力やお子さんの発達状況などによってさじ加減は変わるでしょうが、基本的には「やるべきことはやる」「ダメなものはダメ」と教えてあげることが子どものためになると思います。

 

ただし、私は子どもに厳しくしろと言うつもりは全くありません

上の事例でしたら「嫌いなものをどう楽しく美味しく食べさせるか、無理ならホットケーキ等に隠す」「勉強って楽しいものんだよ♪」「自分で歩く楽しさを知るが良い!」という感じで、できるだけ楽しく取り組む方法を考えます

 

もちろん、人によっては厳しく見えることでも必要なことはあります

うちの息子ユッキーの散歩のように「初めてのことで泣く」という場合は「泣いても歩くよ」とブレずに歩かせた方が良いでしょう。

ヘレン・ケラーとサリバン先生のように「他の人の料理を食べてはいけません」と教えてかんしゃくを起こされた場合も、「かんしゃくを起こそうがダメなものはダメ」とブレるべきではありません。

 

大切なのは「かわいそう」といった感情で子育てをするのではなく、「子どもにとって本当に大切なことはなにか」を考えて、ブレない療育をおこなうことだと私は考えています。

 

▼私が「優しい虐待」という言葉に出会ったのはこちらの本です。余命宣告を受けたお父さんから2歳の息子さんに伝えたい大切なことがたくさん書かれた名著なので、ぜひ1度お手にとって読んでみてください。

あとがき

療育とは、障害のある子どもやその可能性のある子どもに対し、個々の発達の状態や特性に応じて、今の困りごとの解決と将来の自立(社会参加)を目指し支援をすることと言えるでしょう。

その療育において、サリバン先生のように「ブレない態度でのぞむ」というのはとても大切なことだと思います。

 

息子のユッキーはさくら・さくらんぼ保育を療育の柱としています。

さくら・さくらんぼ保育では、「残した食べ物を次の食事の最初に食べさせる。食べなかったら汁物の汁だけあげて食事抜き。お腹がすけばいつか残した食べ物を食べる」という、今の感覚では厳しい偏食対策をしているんですよ・・・。

私も我が子かわいさに「嫌いな食べ物を食べさせるのはかわいそう」「食事は楽しく食べるのが一番では???」とブレそうになったことが何度かあるので、ヘレン・ケラーの両親の気持ちはとてもわかります(^_^;)

ただ、この偏食対策を続けた結果、ユッキーはほとんどの食べ物を食べられるようになりました!

「炭水化物以外は嫌い」だったユッキーに、卵焼きや魚などの好きな食べ物までできて非常に良かったと思います。あくまでも結果論ではありますが。

 

最後に余談を1つ。

ヘレン・ケラーのお母さんはヘレンの恋人が気に入らず(政治的な思想の問題)、銃を向けて追い出したそうですよ(^_^;)

時代もあったのでしょうが・・・私は子どもにパートナーができたら祝福してあげたい!

 

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